昔は火災などの事件は極刑(ほぼ死刑)であるぐらい火災は恐ろしいものである。
有名なのが「明暦の大火」と呼ばれるもの。
1月18日(1657年3月2日)から1月20日(3月4日)にかけて、当時の江戸の大半を焼失するに至った大火災。振袖火事・丸山火事とも呼ばれ、延焼面積・死者共に江戸時代最大で、江戸の三大火の筆頭としても挙げられる。市街地の大半を焼失し死者は諸説あるが3万から10万人と記録されている。江戸城天守はこれ以後、再建されなかった。

昔は火を消すのが難しく、軒と軒がくっ付いていたり長屋が多かったために飛び火で他の建物に火が移ることが多かったためにかなりの犠牲者を出したと思われている。

最近だと歌舞伎町ビル火災(かぶきちょうビルかさい)は、2001年9月1日に東京都新宿区歌舞伎町の雑居ビル「明星56ビル(みょうじょう56ビル)」で起きた火災が有名で44名が死亡し犯人は未だ捕まっていない。
いくつかの情報がニュースなどで取り上げられてきたが11に起こった「アメリカ同時多発テロ事件」と重なってしまい、それからというものこの事件は闇に葬られてしまった。


大阪で未だ語られる怪談
千日デパート火災とは、1972年(昭和47年)5月13日、大阪市南区(現在の中央区)千日前の千日デパートで起きた火災です。死者118名・重軽傷者78名、ビル火災史上最悪の大惨事でした。
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千日デパートのあった場所は、かつては処刑場で、そこで処刑された人が偶然にも118人だった。
タバコの不始末で火災が起きたせいか、地下の従業員休息所でタバコを吸うときは、いつも肩が重くなる、 幽霊に睨まれる。
千日前でタクシー運転手が幽霊を見てドアを開けてしまう。
これは、タクシーが誰もいない場所でドアを開けるのも目撃されているそうです。ということは霊感のない人にも見えるのかもしれません。
近くの映画館で平日の昼間、数人しか客が入っていないのに、館長が来て「おお、今日は満員やな」と喜んでいた。
屋台のラーメン屋でラーメンをすすっていたら、のれんをくぐり、女の子が「おっちゃん、今日も仕事終わったら寄るからな」と声をかけてきた。
屋台のおっちゃんは「おぉ、待ってるで」と思わず返事をしたが、客から「今のあけみちゃんやん?」「おお、そうやな」「あけみちゃん、千日デパートの火災でこの前、死んだやん・・・」
近くの芝居小屋の役者が昼間歩いていると、路地に立っている女の子たちから、「最近、来ないやん、待ってるで」と声をかけられた。「おぉ、今度、寄る、寄る」と返事をしたが、「今の女の子たち、死んでんやん・・・・」とぞっとした。
「新耳袋」の著者で怪異収集家の中山市朗氏も千日前で様々な怪奇現象を語っている。


事件から数十年…。
そんな千日前の怪談話ですが、実はここ十五年ほどでめっきり減ってきているようです。なんででしょうか?亡くなられた方が成仏され始めたのか、事件が風化して人々の記憶から忘れ去られようとしているのからなのでしょうか。
怪談で語られる背景には痛ましい事件があることが多い。
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