お騒がせ議員、号泣議員といえば兵庫県の野々村竜太郎元県議である。
彼の号泣会見は世間やお茶の間に衝撃を与え、また、ニコニコ動画やYOUTUBEのトップに1、2ヶ月間載り続けるという偉業を果たした。
この会見の盛り上がりは以上でしたね。周りでもかなりはやってました。
もはや知らない人はいないこの会見、彼自身にも、会見にも謎があった…。


概要
彼が会見を行った理由は、政治活動費の不正使用問題だった。
300万を超える政治資金を様々な場所への視察、訪問に使ったという。


資金の行方
2011年(平成23年)分「西宮維新の会」、2012年(平成24年)分「西宮希望の女神」の政治資金収支報告書。2013年(平成25年)分「西宮最後の希望」はまだ公開されていない(今年11月公開予定)。これらはいずれも野々村氏の政治団体である。
平成23年分を見ると、野々村元議員本人が自身の政治団体に149万5千円寄付している。支出は一切なく、翌年に繰り越している。そして平成24年分を見ると、150万円を再び本人が寄付をしている。注目したいのは、寄付をしているのが本人のみだということと、その寄付の日付だ。
平成23年は年末の12月31日に、そして平成24年は年明けの1月1日に、それぞれ一括で寄付が行われている。
つまり平成23年の年末に入って資金ができたために、2度にわたって本人が寄付の150万円以下という制限の上限いっぱいの寄付を連日行っていたのである。では、この総額約300万円はどこから得た資金だったのかという疑問が出る。

また、この政治団体が野々村議員本人からの寄付以外に収入がないというのも、不思議だ。
野々村元議員は、税金が原資である多額の政務活動費を交通費として支出して関係者をまわり、切手を使って活動報告を大量に配っていたとい説明しただが、そうであれば、自然と個人的に活動を支援してくれる支持者ができ、政治資金として寄付または会費を支払ってくれるのが普通である。
しかし、下の収支報告書を見ると、本人以外の寄付も会費も一円たりともない。
「号泣会見で話題になった政務活動費の支出のうち、視察旅費については、領収書の写しが一切添付されなかったのは違法ですが、問題はそれにとどまらない。
例えば城崎温泉に視察したと報告されている去年9月2日は大雨でJRの特急電車がほぼ運休しており日帰りできる状態でなかったことが発覚しているし、そもそも自動券売機で領収書が発行されるのを知らなかったという弁明は、むしろ視察自体が全て嘘だったのではないか…。
代表も会計責任者も事務担当者も野々村元県議本人であり、それらを自分に支出していれば、野々村元県議本人が合計額149万5千円を受け取った可能性が考えられる。事務所費も自宅の使用料あるいはまた電話代として100万円受け取った可能性が高い。いずれもポケットマネーにしたのではないかとの疑惑も生じる。

野々村元県議の政務活動費の支出をめぐっては、兵庫県議会が虚偽公文作成・同行使の容疑で刑事告発している。
2011年 政治資金収支報告書
2012年 政治資金収支報告書


資金の行方は韓国!?
泣いて会見をしたものの訴えた内容は「私はがんばって当選した!!」「この国を変えたい!!」など自分のことであって肝心のお金の行方を結局は話していない。それは上記で不明金となった原因と証拠の詳細を挙げた。
当時、野々村元議員の会見は韓国のニュースですぐに報道されたという。
実は、これはかなりの異例事態である。他国の1地方議員が不正を犯しただけでニュースになることはこの日本でもまず取り上げない。
職員からここまで来た!!と会見で叫んでいたが、野々村氏は西宮ではなく川西市の職員。
要するに、川西市ならば地の利も人脈もあるのにもかかわらず、それを捨てて、わざわざ西宮で立候補したのである。
それは、兵庫県西宮市及び神戸市周辺は、日本の保守層の選挙地盤が非常にうすい土地であるということが挙げられる。もともと、中選挙区制の時は「旧兵庫県2区」であり、その時の選出議員に元社民党代表の土井たか子がいる。徹底して日本の保守性と、日本の軍備に対して反対した女性だ。その後、1996年に小選挙区制になってからは「兵庫県7区」で、社会民主党として選出されている。
土井たか子氏といえば、韓国名で李高順(リ・コウジュン)という名前を持っているのが有名。
日本の社民党は朝鮮労働党日本支部のようなものであり、今でも韓国と日本は右に左にと大きく揺れている。
さらに、「兵庫県3区(神戸市)」では、民主党の土肥隆一が選出されている。彼は、「独島は韓国のもの」として、韓国に行って韓国の民族衣装を身にまとい、韓国の国旗を振って韓国語の歌を歌っていた議員だ。それどころか、「独島は韓国のものである」という文書に署名までしてくる念の入れようだ。

本人が意図していたか、そうではないかは別にして、西宮という場所の選挙ということになれば、韓国を意識した政治活動をしなければならないということだ。その地盤の中で7人しかいない当選者の枠の中に入り込むということは、それなりの地盤が応援した形跡があるということに他ならないのである。
 このように考えると、不明金が多い理由やその不明金の流れた先は、なんとなく推測できるのではないだろうか? もちろん推測でしかないが、取り調べに対して「忘れた」というような返答しかできないのはなぜなのか?  それは支払った先などを隠さなければならないということではないだろうか?
もしかしたら上記の会費300万は韓国への裏金で流れたのではないのかと、考えられなくもない。


Wikipedia削除事件
彼のWikipediaがたびたび削除されるのも疑問だ。
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2014年、前年度の政務調査費として約300万円を支出していたことが発覚し、同年7月1日に記者会見を開いた。
しかし、会見中に感情的になり、涙ながらに語る異例の記者会見となった。
会見では「誰ガデー! ダデニ投票シデモ! オンナジオンナジヤオモデェー!」「ンァッ! ハッハッハッハー! この日本ンフンフンッハアアアアアアアアアアァン! アゥッアゥオゥウアアアアアアアアアアアアアアーゥアン! コノヒホンァゥァゥ……アー! 世の中を……ウッ……ガエダイ!」と述べ、選挙での投票により日本の世の中を変えたいとの思いを語るなど、政治に対する志を涙ながらに主張した。また、高齢化問題についても「高齢者問題はぁ……グズッ……我が県のみンドゥッハッハッハッハッハアアアアァァ! 我が県のみンゥッハー! グズッ我が県のみならずぅう! 西宮……日本人の問題やないですかぁ……命がけでッヘッヘエエェエェエエイ! アァアン! アダダニハワカラナイデショウネエ……」と述べ、高齢化問題は県だけでなく国全体での取り組みが必要と指摘するとともに、この問題に対する意気込みを涙ながらに主張した。

上記のこれが原因で削除されたのではないか、と多くは思うであろう。
しかし、削除されたのは野々村氏の全体のページ。問題があるのであれば、その項目だけ修正すればいいものの全体を削除されているのが疑問。

本当に削除したかったのは画像の上記の項目。
つまり、表向きのお金の流れである。
Wikipediaは多くの情報が集まり多くの目が向けられる。つまり、不特定多数に短時間で情報を植えつけてしまうためにそういった情報がいずれ疑問視されるのを防ぐために何者かが常に監視し削除したのではないのだろうか。


おわりに
非常に長い考察でありながら、ほかサイトでも多々意見があったためまとめることが非常に難しかったです。
収支報告書は自分が簿記を知っていたおかげか見やすかったです。(というかこんなにスカスカな物は始めて見ました。)
まぁ、こんなんでも議員ってなれるんですねww

タイミング悪くて貼れなかった土肥隆一の発言
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7:00から本編


古歩道ベンジャミン(本名:同じ、旧名:ベンジャミン・フルフォード/Benjamin Fulford, 1961年 - )はカナダ出身のジャーナリスト。主にフリーメーソン、イルミナティ、兵器としての人工地震等の陰謀論と称されている物事を事実とした上で言論活動している。
ノンフィクション作家でありながら、英語、スペイン語、フランス語、イタリア語、ポルトガル語、北京語、日本語を話す。
米経済誌「フォーブス」アジア太平洋元支局長

日本の国内メディアでは殆どタブーとされているようなテーマに度々言及し、それを正面から問題提起するスタンスで多数の書籍を発表している。またメディアの在り方をも強烈に批判している。近年は『 9・11テロ捏造―日本と世界をだまし続ける独裁国家アメリカ 』や『 暴かれた9.11疑惑の真相。 』で、9.11の同時多発テロおよびそれ以降のアメリカの暗部等をも広く扱うようになった。

一方でアジアとの協調を主張し、日本はアジアと連携し堕落した西洋社会の支配を打ち破るべきだ、と主張している。

9.11陰謀論
「アメリカ政府主導のもとで9.11(=アメリカ同時多発テロ事件)が起こされた」としている。この本の中で、彼は、「アメリカ国内では既にアメリカ政府が嘘をついている、との意見に既に国民の過半数が賛同しており、その中には、ワールドトレードセンターで実際に活動していた消防士や、大手建築業界関係者、退役軍人等もふくめた様々な各界人がいる。」と主張している。また、アメリカにおける陰謀の歴史やブッシュ一族の経歴、ビンラディン一族との関係について述べられている。

気象兵器・地震兵器論
四川大地震や新潟県中越沖地震、東北地方太平洋沖地震を“アメリカ政府のプラズマ兵器・原子爆弾による攻撃”、“これらの兵器を使う脅迫により、郵政民営化や民間銀行の外資買収が行われた”と主張(ちなみに大地震=極秘の気象兵器・秘密裏に設置された原爆による攻撃説は兵庫県南部地震から、陰謀論者達・オカルト雑誌により繰り返し主張されている。具体的には高周波活性オーロラ調査プログラムが用いられたとする)。
今や陰謀論でおなじみ9.11や気象兵器・地震兵器論をに有名にしたのがベンジャミン氏である。


現在の活動
現在取材と作家以外の活動としては日本を中心とする世界で公演活動をしている。
そのほかにはMopalという生放送番組で前に紹介した朝堂院大覚氏「国家非常事態対策委員会」という番組に出演している。
もっと詳しく知りたい方は彼のホームページを参照してほしい。
私も月一チェックしてます。


日本人が『プロパガンダ』から目が覚めた時、人類や地球を救うことができる

日本が立ち上がれば、世界から「戦争、貧困、環境破壊、無知」などを、なくすことができる

日本こそが新しい時代を創ることができるのだ。そのためなら、私は命をいくつでも投げ捨てる覚悟がある。

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パッと見 最強クラス 一度見たら忘れられない
未確認生物(UMA)界の番長とも言える存在!!

ビッグフット!!



容姿や性格
身長は2 - 3m、体重は200 - 350kg。二足歩行し、歩幅は1 - 1.5m。足跡は大きなもので約45cm。 筋骨隆々で、全身に褐色または灰色の毛が密生している。 顔には毛が生えておらず、鼻が低く、目が落ち窪んでいる。 強烈な体臭を放つとされる。ビッグフットが4足歩行したという報告はなく、常に直立2足歩行する。


目撃例
1924年、ワシントン州のエイプ・キャニオンで石炭坑夫(Fred Beckと他の4名)がサスカッチに遭遇し、背中に銃弾を撃ち込んで射殺した。その夜、坑夫の小屋にサスカッチの一団が襲いかかり、小屋の傍にあった丸太を掴んでドアや屋根を壊そうとした。坑夫たちは小屋の中から銃で応戦したが、サスカッチは逃げ出さず、襲撃は明け方まで続いた。坑夫たちは恐怖のあまり、その日のうちに逃げ出したという。

1958年、カリフォルニア州でトラック運転手(Gerald CrewまたはJerry Crew ブルドーザー運転手か)が泥の中にある大きな足跡を見つけ、石膏で型をとり、その様子を写真に撮った。この写真が新聞で掲載されると、アメリカ各地でサスカッチに関する目撃情報が爆発的に増え、1960年代に入ると一年で60-100件もの情報が寄せられた。

上記一番古い目撃例であり、上記以上にも目撃例は数千にも及ぶが映像が荒く解析不能だったり着ぐるみや合成等の捏造が一番多いという。


その正体とは…。
ビッグフットについては、様々な仮説がある。
化石霊長類ギガントピテクス説
ネアンデルタール人の生き残り説
北アメリカに渡ったヒトの祖先説
アフリカから南アメリカに漂着したサル説


古代の巨大霊長類説
ギガントピテクスはヒト上科の絶滅した属の一つである、大型類人猿。 身長約3m、体重約300- 540kgに達すると推測される本種は、現在知られる限り、史上最大のヒト上科動物であり、かつ、史上最大の霊長類である。

約100万年前(新生代第四紀更新世前期後半カラブリアン)前後に出現したと見られ、中国、インド、ベトナムなどに分布していたが、30万年前あたりを境にしてそれ以降確認されない。
ヒマラヤのイエティ・オーストラリアのヨーウィー・中国の野人・広島県のヒバゴン等多く同様の生物の伝説が存在する。
名称の違いは生息分布の違いなのでビッグフットと同一だろうという説もある。
ギガントピテクスとビッグフットの違いは骨である。
これまでに発見されたギガントピテクスの化石は3個の下顎骨と歯のみであり、情報量はきわめて乏しく全体像の再現は憶測・推定によるところが大きい。少なくとも身長を推定し得る四肢骨が発見されていない以上、正確な数値を導き出すことは叶わない。
後に発掘された大臼歯は1in(25.4mm)四方もあり、下顎骨もホモ・サピエンスの2倍以上という巨大なものであった。そのことは確かである。そしてこの数値に基づいて、本種は身長約3m、体重約300- 500kg、最大で約540kgにもなったと推測されている。

上記の発見以降の骨は見つかって無く、もしビッグフットが存在し数千もの目撃されているなら巨大な骨の一つや二つが見つかってもおかしくはない、むしろ見つからないとおかしい事になる。
現在でもサスカッチゲノムプロジェクトというビッグフット捕獲作戦が日夜行われてきている。
そんな中数十年探して見つからなら、今まで撮影されたものは偽物(本当にいなかったら偽物も本物もないが)であろう。


ねあんでるたーるじん
2014年7月1日に最新情報で「ビッグフットのものとされる毛髪試料を、オックスフォード大学人間遺伝学部教授およびスイス州立動物博物館の昆虫学者が率いる研究チームがDNA鑑定したところ、ついに正体が判明しました。」との記事を見つけた。
DNA鑑定の結果、イエティやビッグフットなどのものとされていた30件の毛髪試料は熊や馬、ヤマアラシのものであり、新種の霊長類のものは1つも確認されませんでした。しかしながら、ヒマラヤ山脈で発見されたイエティのものとされる毛髪試料のDNAは、2004年に発見された10万年前のホッキョクグマの骨の遺伝情報と一致。研究チームの1人は「提供されたイエティの体毛はクマの新種か、ホッキョクグマとクマの交配種のものである可能性があります」と発言しましたが、新種の霊長類のものではありませんでした。


サスカッチの由来
1840年、ワシントン州スポケーンの白人宣教師が、アメリカ・インディアンの間に伝わる「毛深い巨人」についての話を記録している。その巨人はサケを盗み、強烈な臭いを残して去っていくとされる。 カナダ西海岸部のインディアン部族は同様の生物をサスクワッチ、サスカッチ(Sasquatch)などと呼んで、現在でも聖なる生き物としている。しかし、それが近年目撃されているUMAとしてのビッグフットと同一のものを指すのかは不明である。 「サスクワッチ(サスカッチ)」はコウィチャン族、またはチェハリス族の呼び名で、その意味については諸説あり、ウェンディゴとの関連を指摘する説もある。サリシ族による呼び名の「Sacsquec」は「人に似た動物」という意味である。

古い目撃情報よりも昔に部族の人たちは目撃し記録を残している。
すべてがすべて捏造というわけではなさそうだ……。


世界一有名なビッグフット
1967年10月20日、元カウボーイのロジャー・パターソンと友人のロバート・ギムリンの二人がカリフォルニア州・ブラフ・クリークでサスカッチの探索中に山中で雌のサスカッチに遭遇し、「歩きながら、カメラに向かって振り向くビッグフット(パティと名付けられた)」の姿をカラーの8mmフィルムで撮影した。これが俗に言う「パターソン・ギムリン・フィルム」である。
しかし、この映像については多くの疑念が持たれている。後に、長身の男性が着ぐるみ衣装でビックフットを演じたと「告白」した。遺族が「生前に捏造と聞かされていた」と公表した一方で、撮影者はそれを否定しており、映像の真偽については論争が続いている。 ビッグフット研究の第一人者と目されるジェフリー・メルドラムは捏造説を取ってはいない。
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パターソン・ギムリンフィルムは、この手の記事では有名な、ARGOSY誌1968年2月号に取り上げられた。
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上のサインは当事者の一人である、ボブ・ギムリンである。
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猿のぬいぐるみを着て私が歩いたと証言する、Bob Hieronimusである。彼の署名入り写真と縫いぐるみを持ったところの写真である。
彼はパターソンに1000ドルで依頼されたが、お金は実際に貰っていないと言う。
撮影の際使用したぬいぐるみが見つかっていない。本人は判らないと語っている。
噂では数千数万ドルもの価値が付けられて売られているなんて都市伝説もある。
また、彼の身長は185cmであり、当時26歳の筋骨たくましい男性である。

ビッグフットは存在の有無に関わらず、私たちに多大な影響を与えたことは変わらない。
最後にパターソン・ギブリンフィルムでお別れしましょう。(無音です。)

集英社の漫画でも特異なタッチで描かれる、ひと際異彩を放つ大人気漫画「ジョジョの奇妙な冒険」
国民的人気を誇るマンガであり、ジョジョネタと呼ばれる迷言名言だ多数存在し今でも人気を博している。
そんなジョジョの奇妙な冒険だが第3部に、なんとあの「9.11同時多発テロ事件」を連想させるものがあるという。


オインゴとボインゴ
ジョジョの奇妙な冒険_第20巻_P149
一見すると気持ちの悪い不気味な画風だがこれは(ジョジョの中にでてくる)漫画の中の話。

この問題のページは3部第20巻149頁
男が死んでいる経緯は置いといて。
まずど真ん中の911シャツ
端で笑う月と太陽
悪い顔をした飛行機
この頁だけでも3つの要因が存在し、さらに残虐な死という表現が911事件を予言したとされる。
ジョジョの奇妙な冒険_第20巻_P148
さらにこのページ20巻の148頁。上記のページの前である。
ここの「おっ10時半だ!」というセリフが911との関連性をさらに結びつけている。
つまり10時半にはこの男が死んでおり貿易センタービル(WTC)が崩壊した時間と合致する。
さらにこの話の内容が「予言ができるスタンド使い(能力者)」が予言を行ったシーンであるという事。


荒木先生はスタンド使い!?
この事を中川翔子さんに質問された際に作者の荒木飛呂彦先生は
「僕もびっくりした」。あの”911”としか見えないTシャツも、「何で描いたのかわからない。何のデザインかも考えたけどよく分からない」

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さすが荒木先生!おれたちにできない事を平然とやってのけるッ!
そこにシビれる!あこがれるゥ!

学校の怪談と言ったらコレ!!
昔から今でも語り継がれる、都市伝説妖怪のトイレの花子さんをみんなと一緒に復習していきましょう。


概要
「誰もいないはずの学校のトイレで、ある方法で呼びかけると『花子さん』から返事が返ってくる」というもの。赤いスカートをはいた、おかっぱ頭の女の子の姿が最も有名である。白いワイシャツを着ているともいう。それ以外の噂の詳細は、地方により異なる。

最もポピュラーな噂は
「学校の校舎3階のトイレで、扉を3回ノックし、『花子さんいらっしゃいますか?』と尋ねる行為を一番手前の個室から奥まで3回ずつやると3番目の個室からかすかな声で「はい」と返事が返ってくる。そしてその扉を開けると、赤いスカートのおかっぱ頭の女の子がいてトイレに引きずりこまれる」というもの。

古くは1950年頃から流布されていた「三番目の花子さん」と呼ばれる都市伝説が原型であるとされる。1980年代頃から全国の子供たちの間で噂になり、1990年代には映画、漫画など、様々な作品に登場した。


ルーツ
「休日の学校に遊びに来ていた少女が変質者に追われ、トイレの3番目の個室に隠れたが見つかって殺害された」
「生前、父親から虐待を受けていた少女の霊で、おかっぱ頭はその時の傷を隠すため」
「福島県の図書館の窓から落ちて死んだ少女の霊」
「文京区小2女児殺害事件」

霊となる前の生前の人物像については、本名は長谷川花子で1879年生まれ、牛乳が嫌いで白系の色も嫌い、赤系と青系の色が好き、学校では卓球部に所属、花粉症などの情報がある。

日本では江戸時代から昭和初期にかけて厠神(トイレの神)の信仰が盛んで、赤や白の女子の人形や、美しい花飾りを便所に供えることで厠神(カワヤガミ)が祀られていた。戦後において厠神の信仰が廃れた後も、トイレに造花が飾られていることが多いのは、こうした風習の名残とみられている。トイレの花子さんの服が赤や白であること、名前が「花子」であるのは、こういった風習に由来するとの説もある。

トイレはきれいにしておくといい事があるとも風説がありますし、昔からトイレは特殊な場所であったことが伺える。
少し前にトイレの神様という歌も流行りましたね。
これも日本人がトイレへの特殊な観念があったからこそ
「トイレの花子さん」も「トイレの神様」もヒットしたのかもしれない。


バリエーション
花子さんに「遊びましょ」と呼びかけると「はーい。何して遊ぶ?」と聞かれる。この時、「首絞めごっこ」と答えると本当に首を絞められて殺されると続く場合も。

・山形県では、トイレを出る際「花子さん」と呼ぶと返事があり、嫌な声で返事をされたときには何か起こる、と伝わる。
・山形県の別説では、「花子さんの正体は3つの頭を持つ体長3メートルの大トカゲで、女の子の声で油断した相手を食べる」、というものもある。
・岩手県和賀郡黒沢尻町では、3番目の個室に入ると「3番目の花子さん」と声がして、床穴から白い大きな手が現れる。
・島根県では、花子さんと遊ばないと追いかけられる、と伝わる。
・神奈川県横浜市では、「女子トイレにハナコさん、さらに男子トイレにはヨースケさんがいて、呼びかけて3秒以内に逃げないと殺される」、「男子トイレで便器の周りを3回回って「ハナコさん」と呼ぶと、便器から血だらけの手が現れる」、と伝わる。
・兵庫県では、1番目のトイレには花子さんの父、2番目には母、4番目は妹、5番目に弟、男子トイレの2番目に祖父がおり、これらを呼ぶと「うちの花子に何か用か?」と聞かれる。ほかにも花男、小花子という名の親戚もおり、これら親戚筋のお化けの一族が毎年群馬県で集会を開き、その年の方針を決めている、ボーイフレンドに太郎というお化けがいて、深夜の学校の体育館でバスケットボールをしている。
・女子トイレのマークの消えかかった箇所を花子さんがペンで直していたので、「ご苦労さま」と声をかけると「日頃みんなを脅かしているお礼です」と言って消えた。
・大阪府では花子さんを呼ぼうとトイレのドアをノックすると、標準語で「危ないわね、やめなさいよ」と声が返った。
・少年が学校のグラウンドで転んで膝に小さな傷を負ったが、この傷に「花子菌」が感染し、傷口のかさぶたの下に小さなキノコが群生した。
などの話が伝わる。「花子さん」の噂は日本各地に広まっているが、これらの花子さんはすべて従姉妹同士との説もある。
花子さん以外にも「ゆきこちゃん」「みーちゃん」もいるらしい。

花子さんの撃退方法として、遭ったときは100点の答案を見せると悲鳴を上げて消え去るという説もある。


文京区小2女児殺害事件
1954年(昭和29年)に東京都文京区の小学校内で起こったヒロポン中毒者による殺人事件。当時は被害者の名前から「鏡子ちゃん事件」と呼ばれ、世間に大きなショックを与えた。

1954年(昭和29年)4月19日、東京都文京区の元町小学校で、2年生の細田鏡子ちゃん(当時7歳)が、授業の合間にトイレに行くと友人に言い残し教室から出て行った。授業が始まっても鏡子ちゃんは教室に戻ってこなかったが、担任は近くにある自宅まで忘れ物でも取りに戻ったのだろうと思い、大して気にかけなかった。しかし友人に言い残してから2時間経過しても鏡子ちゃんは戻らず、ようやく担任やクラスメイトが手分けして学校中を探し、正面玄関横にあるトイレ内で鏡子ちゃんは遺体で発見された。鏡子ちゃんは下着を口に詰められ暴行された上、絞殺されていた。

坂巻は静岡県の療養所で結核治療中だったが、ヒロポン中毒で問題ばかり起こしていて、事件当日も無断で外出して東京の友人宅に借金に行ったが、友人が留守だったため、周囲を散歩しているうちに小便がしたくなり、近所の元町小学校に入り、トイレを借りた。

当時、小学校は誰でも無断で入れる開かれた施設であり、特にトイレは公衆便所の役割を果たしていた。坂巻がトイレで小便をすませると、同じトイレ内で戸を少し開けて用を足している鏡子ちゃんを見て欲情して、いたずらしようと近づき、泣き出した彼女の口を塞ぎ、暴行して殺害した。

判決後、1957年6月22日 - 宮城刑務所で死刑執行。享年22。


まとめと個人的意見。
ほとんどの人が知らなかったであろう「文京区小2女児殺害事件」
だが上記にもある通り、トイレの花子さんの発祥を見ると、古くは1950年頃から流布されていた「三番目の花子さん」と呼ばれる都市伝説が原型であるとされるとしています。
事件の発生は1954年(昭和29年)4月19日、「三番目の花子さん」は1950年頃からなので「三番目の花子さん」が古く、
文京区小2女児殺害事件説は否定できる材料となる。
こちらの質問板では事件後に在学していた在校生の貴重な意見が書かれている。

「私の出身小学校は「鏡子ちゃん事件」の現場である文京区立元町小学校です。事件から10年後くらいに在学しましたが、「花子さん」のような話は全くありませんでした。
事件の起こったトイレの個室は、改装するまでは使用禁止になっていたと聞きますが、私の時にはもう他の個室と一緒でした。
一応、事件がらみの噂はありましたが、トイレに直接関連した噂では無かったです。
他の学校でどのように扱われたかは不明ですが、事件の現場ではそういう噂を流すことも憚(はばか)られるような状況でした。」


事件と都市伝説を結びつける点としては「トトロ都市伝説 狭山事件」がある。
トトロ都市伝説の件は共通点を結びつけた完全に後付け論だがこちらは共通点が少ない。
花子さんが霊となった原因としてルーツの中で挙げている、「休日の学校に遊びに来ていた少女が変質者に追われ、トイレの3番目の個室に隠れたが見つかって殺害された」というものも合致している点はあるが完全ではなく花子さんの元ネタといえる材料としては十分とはいえない。

完全な元ネタではなく、事件と3番目の花子さんがいい具合に合わさり、90年代に流行し現在にも語り継がれるトイレの花子さんが誕生したのではないかとも考えられる。

余談だが元ネタ説はもう一個あり加牟波理入道(がんばりにゅうどう)説がある。
鳥山石燕の妖怪画集『今昔画図続百鬼』にある日本の妖怪、および日本各地の厠(便所)の俗信に見られるマニアック妖怪である。
大晦日の夜 厠にゆきて がんばり入道郭公 と唱ふれば 妖怪を見ざるよし 世俗のしる所也 もろこしにては厠神の名を郭登といへり これ遊天飛騎大殺将軍とて 人に禍福をあたふと云 郭登郭公同日の談なるべし
大晦日に厠で「頑張り入道時鳥(がんばりにゅうどうほととぎす)」と3回唱えると、人間の生首が落ちてくるといい、これを褄(つま)に包んで部屋に持ち帰って灯りにかざして見ると、黄金になっていたという話。

特定の学校のトイレで、ある方法で呼びかけると花子さんから返事が返ってくるなら、実際の事件よりは特徴が似ていると思うが、関係性はトイレというだけでかなり薄い。

噂を纏めてどれが本当かなんて判別するのはとても難しいですし、またそのうわさが変遷していくのを楽しむのも一興だと思います。

まぁ、なにはともあれ十四代目トイレの花子さん。
応援しているので頑張ってくださいッ!!
toire.jpeg(山口敏太郎タートルカンパニー所属)

さて、この記事だけで花子さんと何回書きこんだ事やら・・・。(^^;)