チャーリーチャレンジとは今世界中でブームとなっており、現代版こっくりさんと呼ばれる。
メキシコの悪魔を呼び出す降霊術らしい


「チャーリーチャレンジ」と「こっくりさん」
チャーリーチャレンジは現在世界中で社会現象を巻き起こしている。その波が日本にもやってきたのだ。
大まかな内容はこっくりさんと同様である。海外ではウィジャ盤といいます。
こっくりさんは降霊術のひとつであり、紙(又は盤面)に五十音を書き決められた場所に印を置きその上に複数人が指を多くといったもの。
ここでチャーリーチャレンジの遊び方を教えましょう。
Charlie-Charlie-Challenge-board-790x506.jpg
1. 紙の上に十字を書く。
2. メキシコの悪霊チャーリーが答えやすいように回答を書き込む(例: YESとNO)
3. 鉛筆2本を十字に置き、「Charlie Charlie, are you there?」と呼ぶ。
4. 重力のなんらかの作用で鉛筆が動く。
チャーリーを呼び出したらちゃんと帰ってもらいましょう。
「Charlie,Charlie,Can We Stop?(チャーリーチャーリーキャンウィーストップ?)」と聞いて、YESが出てから「グッバイ」と言ってお別れして下さい。チャーリーがなかなか帰ってくれない場合、
「Charlie,Charlie,Go Awey!!(チャーリーチャーリーゴーアウェイ!)」と強く言って、紙を破って下さい。
特徴としては、選択肢がYESかNOのみ、儀式を行う人が決して手を触れないということです。


チャーリーの真相。
オカルトマニアならご存知だと思うがコックリさんは緊張による、不覚筋動によって無意識に動いた指にみんながつられて動くといった科学的解釈が今のところ有力な説である。
上記に書いてあるような降霊術は私自身(勉強不足かもしれませんが)見たことがなく、ウィジャ版(1800年代)が出たころにはアステカ文明・マヤ文明はとっくに滅んでます。
そもそもアステカ神話(メキシコ)に降霊術は存在しない。さらに付け加えるとマヤ・アステカにYES・NO文字は存在しない。
Palenque_glyphs-edit1.jpg
またさらに付け加えるとチャーリーなんて呼びやすい名前アステカ神話にいねぇよ。
ケツァルコアトルとかテスカトリポカ、トラウィスカルパンテクートリなどの呼びにくい名前が多い。
このチャーリーチャレンジによりメキシコの学校が閉鎖されたり、アメリカかどっかで少女が惨殺されたりとかあるらしいがおそらくTHISMANと似たようなゲリラマーケティングの一種だろうと思われる。

なんだかんだで調べた結果。
チャーリーチャレンジは映画の宣伝のための前広告だということがわかった。

これは7月1日にワーナー・ブラザーズが全米公開予定の『Gallows』という映画のティザー映像です。


あきらかにデマってはっきりわかんだね。
ネタにマジレスしちゃってごめんなさい。
というかみんなもう遊んでるけどね。
tttt.jpg(画像です)
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この話の事件の発端は1951年の5月、フィリピンのマニラ。ある裏通りをパトロール中だった警官に、いきなりある女性が走り寄ってきて腕にしがみつき助けを求めてきた。「助けてください!誰かが私に噛みついてくるんです!!」
助けを求めてきたのは18歳の娘で、クラリータ・ヴィラニューヴァという女性だった、だが警官がよく聞いてみると、噛みついてくるといっても相手の身長も顔も服装も分からない。男か女かさえ分からない始末だ。
話を聞き終わった警官は、クラリータを麻薬中毒患者かいたずらかと思いまともに相手にしなかったが、クラリータは必死に訴え続けた。「ウソじゃないわ!ほら!この傷を見てよ8か所も噛んだ傷があるでしょ!」

ところが、警察署の一室に入ると、クラリータがまた叫び始めた。
「ほら!またあそこにいるわ!黒い何かが私に噛みつこうと迫ってくるの!助けて!!」
その瞬間彼女は床の上にひざまついて倒れた、今度は警察官の見ている前で肩と腕に髪傷がいくつも現れ始めた。
傷からは血が滲みでて唾液のようなものがべっとりと付いていた。
その衝撃的な瞬間を目にしたけ威圧感たちは是認青ざめてすぐに警察署長と検察医が呼ばれた。
初めは信じようともしなかったが、クラリータの体を見てみると全身に10か所以上もの傷があり、自分では噛めない首の後ろにまで噛み傷があったことから調査の必要性を認めた。

署長の判断で、この晩 クラリータは警察署で保護されることになったが、その翌朝、事件は再び起こった。突然、「噛みつかれる」と叫び声を上げてクラリータが逃げまどう。警官が保護するようにクラリータ両側についたが、警官の見ている目の前で、クラリータの手、腕、首筋に噛み傷ができて血がにじみ始めた。警官達も見えない怪物を振り払おうとしたが、何も手ごたえはなかった。クラリータは恐怖のあまり、そのまま気を失ってしまった。この事件は警察署内で大騒ぎとなり、ついには当時のマニラ市長アルセニオ・ラクソンまで知るところになった。

警察はクラリータを一人にするため独房の中に入れたが、三度 事件は起こった。クラリータが叫び声を上げた。署長や検察医、市長などが見ている目の前でクラリータの身体に歯形が食い込み、血が噴き出した。警察官が怪物を追い払おうとして攻撃を加えたが、全く手応えがなく、腕、肩、脚など、次々にクラリータの身体に歯形が現れ、血が流れた。

これを最後にクラリータに起こった怪事件は収束したが、クラリータが言う「黒い怪物」とは、どんなものだったのだろうか。黒い怪物が実在したかは分からないが、この事件が起きたことは事実である。


資料に残った謎の現象
数限りなく報告がある怪奇現象、多くは信憑性に乏しい信用に足らないものだが、ここに紹介する事件は1951年のマニラ警察署の特殊事件簿にNo.108号として公式に記載されている。

この話はポルターガイストの一環とした現象であると考えられている。
ポルターガイストには二つの概念が考えられている。
「心霊主義的解釈」「超心理学的解釈」である。
前者は心霊体験などの一般的な生命の死後存続。幽霊や怨霊といったある一種の霊魂が引き起こす超常現象である。
後者は思春期の少年少女といった心理的に不安定な人物の周辺で起きるケースが多いとされており、その人物が無意識的に用いてしまう念力(反復性偶発性念力 RSPK)によるものとする説もある。そういった能力を有する者が無意識的に物を動かし「ポルターガイスト現象」を発生させてしまう、とする考え方。
難しい話。一言で片づけるならESPってこと。


私が感じた事
この記事を書くきっかけとなったのがPS3ゲーム「BEYOND:TWO SOULs」
ゲームの内容としては、2つの魂を持って生まれ、霊体と交信できるという特殊な能力を持つ主人公「ジョディ・ホームズ」の15年にわたる軌跡の物語。

ここであまりゲームの内容には触れたくないがこのゲームのクリア記念に記事を投稿しました。

1985年、イギリスの南ヨークシャー。ロン・ホールとメリー・ホール夫妻の家が全焼したが、泣いている少年を描いた絵が無傷で見つかりイギリス中をぞっとさせた。
その「泣く少年の絵」というのは、必ずしも同一のものではなく、少年の絵といっても別に特別なものが描いてあるわけではない。
キャンバスいっぱいに少年が顔が描かれており、その少年は半分泣いた状態で、目に涙を溜めながらこっちを見ている、かわいらしい少年の絵だ。
なぜかこの絵画だけが、火災現場では、いつも焦げることさえなく焼け残っているというのだ。この現象はすでに数十件にものぼっていた。ある消防士などは、この絵をあちこちの火災現場で7回も発見している。
絵が火事をおびき寄せているのかどうかは分からないが、この絵のことはヨークシャーの消防士の間では有名な話になり、その奇妙さからイギリス全土に広まることになった。


相次ぐ報告
1985年9月4日、イギリスの新聞社「Sun」が、この現象のことを新聞で報道すると読者の反響はすさまじく、問い合わせや同じ経験をした人からの電話が殺到した。
ミッチャム在住のある住人は、「この絵を買ってから半年後に我が家は火事に遭い、家は全焼しました。壁に飾ってあった絵はすべて燃え尽きたのですが、泣く少年の絵だけは無傷で焼跡から発見されました。」と語った。
またキルバーン在住のある市民は、絵を買った翌日に火事に見舞われたという。
Sunがイギリス全土に「この絵」の呼び掛けの記事を載せた結果
新聞で報道された5日後の9月9日。ボウトンのブライアン・パークス氏の自宅が火事に遭い全焼した。焼跡からは「泣く少年の絵」が無傷で発見された。この絵のことを知っていたパークス氏は、怒りに任せて絵を引き裂いた。
10月9日。オックスフォードのグレース・マーレイの家が火災に遭い、彼女はやけどで入院。彼女が部屋に飾っていた少年の絵は同じく無傷で発見された。
10月21日。グレート・ヤーマスにある、ピザ店から火災が発生。店内にはいくつもの絵が飾られていたが、泣く少年の絵だけが残り、他の絵はすべて焼け落ちた。
10月24日。ヘリングソープのケビン・ゴッドバー氏の家が炎上。この時もまた、同じ壁に何枚かの絵が掛けられていたにも関わらず、少年の絵の両脇にかけてあった絵は二つとも燃え尽きていたのに、少年の絵だけはそのまま残っていた。
10月25日。マーシーサイドのアモス家が、おそらくガス漏れであろうが、突然爆発し、炎上した。この家にはリビングルームと台所に二枚の少年の絵が飾られていたが、二枚とも無傷のまま残っていた。
消防士の証言によれば「家が全焼するほどの火事となると、壁も天井も崩れ、テレビなどの家電品も熱で溶けるという。だがそうした中にあって、いつもその絵だけが買った時と同じような状態で焼跡から発見される」語っている。当時の新聞記事


広がる噂
今回英国のコメディアン、スティーブ・パント氏がBBCラジオ4の番組「パント・パイ」で謎を解明するために、この呪いに関する実験を行った。
1985年当時のSun紙の編集者で、泣く少年の絵を送りつけるよう呼びかけたケルビン・マッケンジーさんと、何がこの話を興味深くしているのかを考察しはじめました。
ネットでは、この少年は両親を火事で失った孤児で、少年が物に触れずに火をつけることができる「ファイアスターター」であるという忠告を無視して画家が少年を描いたということになっています。その後画家のアトリエは火災を起こし、画家は死に、少年は逃げだしました。そして10年後バルセロナ郊外で車が衝突して炎上する事故があり、ドライバーは死亡、その免許証からドライバーがかつての少年であることがわかった、ということになっています。
しかしこの話はさすがにできすぎている。たとえ少年が火を放ったのだとしても、少年の絵が、ましてや5万枚の複製画が火を放つのとは話が違います。


驚きの実験結果
ワットフォードにある建築研究所(the Building Research Establishment)で「この絵」に関する研究が行われ始めた。
結果は驚くもので、この時代の絵画には防火処理がされていたのである。絵のすぐ前に置かれた炎は額の周囲に燃え移ったものの、弱まって消えるまでには少年の絵の外側が燃えただけでした。しかし何故絵がダメージが少なく燃え残るかは分かりました。絵の後ろ側にあるかけひもが最初に燃えることと関係がありました。絵は前面を下にして落ちるので、煙や熱から守られやすいのです。

<以下画家と「泣く少年」のプロフィール>
 ブルーノ・アマディオ(Bruno Amadio)は1911年に生まれ、泣く少年の絵が話題になる4年前の1981年に死亡。生前27枚の絵を残し、1960年から70年の間に複製画が世界中に出回った。英国では約5万枚の「泣く少年」が売られている。1985年には2,500枚以上がSun紙に送りつけられ、消防隊の監視下焼却処分された。この絵はだれをモチーフにしたとかそういった情が入った作品ではない事がさらに謎が深まる。
ちなみに「泣く少年の絵」はイギリスのデパート内で多く販売されていたという。
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